Back To Sea
act.12 辿りついた答え
耳を塞ぎたくなるような音が部屋に響く。
「馬鹿に……、馬鹿にするのもいい加減にしてっ。そんな心にもないこと……言わないで!」
またどうせからかっているんでしょう?
私が怒るのを楽しんでいるんでしょう?
アトの頬をたたいた手が、小さく震えた。
もう隠せない。抱きしめられたときに気付いてしまった。自分がアトに特別な感情を抱いていることに。だからアトのからかいは、シーアを深く傷つける。
「嘘じゃないんだ」
アトは強い眼差しでシーアの瞳を見つめた。
「止めて。それ以上言わないで」
これ以上そんなことを言われたら、期待してしまう。本当に海に帰れなくなる。これ以上ここに引き留めないで。
シーアの身体が悲鳴を上げた。【逃げて】と叫んでいる。なのに身体が言うことを聞かない。金縛りにあったかのように動かない。シーアは彼の瞳に捕らえられた。
「倖せにする。リーシャの分も。だから……」
刹那、シーアはアトに向かって大きな声で叫んだ。
「しあわせになんて……倖せになんてなれるわけないじゃない!
あの子が倖せになれなかった地で、私が倖せになって良いはず、ないでしょう!?」
どうして姉である自分が、あの子が死んだ地で倖せになどなれるものか。彼女に顔向けができない。
どうして皆そんなことばかり言うのだろう、いったいどうして。
「なんで倖せになりたいとか言うの?どうしてそうやってみんなみんな勝手に自分の都合を押しつけるの?叶わないって…そう思わないの?ねぇ、何で好きなんて言うのっ?」
全てが全て、バーニアの……魔女のせいだったわけじゃない。リーシャにだって責任がある。結ばれると信じ込んで、陸へ上がった愚かさと幼さ。
「ねぇ、何でみんな誰かを好きになるの?
傷つくために好きになるわけじゃないのに。どうしていつも誰かが傷つくの?」
シーアはアトの胸ぐらを掴んで自分の額を彼に胸に押しつけた。
どうして好きになっちゃうんだろう。こんな男を。その理由が見つからない。こんな人を好きになったって傷つくだけなのに。
「私は一年で海に還らなければいけないのよ?
そんな女に恋をしても、結ばれるはずがないでしょう?」
その海にだって、もう還れるかどうかもわからない。常世に不浄を持ち込むことは、許されないから。
アトはシーアの髪を指に絡ませながらゆっくりと語りかける。
「みんな不器用で、馬鹿で、どうしようもないんだ。一人が嫌で、寄り添い合うんだよ。それが家族であったり、恋人であったりする。ただそれだけなんだ。みんな不完全なんだ。お互いを満たす誰かを探してる。それがリーシャにとってのリカルドで、俺にとっての……シーア。お前なんだ。」
シーアの心臓が跳ね上がった。
「…駄目だよアト。私とでは貴方は倖せになれない。私は人ではないんだから」
アトが好きだから倖せになってほしい。だから、私は諦めて。私では貴方を倖せにできない。
シーアは必死に彼の言葉に首をふった。
「お前じゃなきゃ俺が嫌なんだよ。なぁシーア、好きって気持ちを抑えるのがそんなに大切なのか?リーシャがお前の不幸を望むはずないだろ?大切な……姉なのに。
それとも……シーアは俺のこと嫌いなのか?」
アトはゆっくりと顔を近づける。綺麗なな碧いひとみが、シーアをのぞき込む。
アトは狡い。そんなことを言うなんて狡い。シーアは目頭が熱くなってゆくのを感じた。
嫌いなんて……嫌いだなんて……
「そんなわけ……あるはずないでしょ…」
シーアはまた涙を流す。でも今度はもう拭ったりしない。それは今までの涙とは違う涙だから。
それはどんな涙よりも暖かな涙。
あぁ、敵わないんだ。この人には。
シーアは彼の真っ直ぐな瞳を見つめ返し、そしてやっと辿りついた。
この人には、シーアが人魚だとか、リーシャの姉だとか、そんなのはどうでも良いんだ。この人は『シーア』という一つの存在を見ていたんだ。どんなときも。
どうして気付かなかったんだろう。そうでなければ、シーアのような得体の知れない女を、家に住まわすはずないのに。
どうして……もっと早く気付いてあげられなかったのだろう。シーアはゆっくりとアトを見上げた。
アトが、に、と笑う。勝利を確信した人懐っこい笑み。やっぱりアトは狡い。
シーアは目を閉じた。
その途端にやってくる唇の柔らかな感触と、しっとりとしたふれあう肌。
もう後先なんてどうでも良い。
今はこの時だけが
全てだから。
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