この人、ホントに私と同じ哺乳類ヒト科なんだろうか。

「どうかした? そんなに見つめてもらっては顔に穴があいてしまう」
笑みを浮かべる男に『どうせなら顔じゃなくて心臓に……』と思ったのは口が裂けてもいえない。私は、この人物――昨日前まで美味しい料理を提供してくれたいい人だと思っていたが、今になってみれば諸悪の根源でしかない男――を値踏みするように上から下まで見て、ちょっとだけ希望の光を見つけた。
こんなに顔がよくてお金持ちで、ちょっと世間を小ばかにしたような王子なら私を娶るなんてしないはずだ。そうでなくても、王子本人なら私があの夜の娘とは違うことに気付くに違いない。
だが、私の希望的観測は、やはり当てにならないらしい。男はニコニコと笑って言い放った。

「で、式はいつにする?」
「ちょっとまて」

思わず敬語を忘れて私はこめかみを引きつらせた。
私のぶしつけな言葉に気を害した様子もなく王子はやはり笑う。

ちなみに、私たちは今向かい合ってはいるもののその距離はとてもじゃないが近いとは言いがたい。王子は玉座らしき立派な椅子に腰掛けていて、その前には十二段(数えた)の赤い絨毯がひかれた階段があって私はその階段の手前で中腰になって彼を見上げていた。
よくもまぁ、この距離で会話が成り立つものだ。人と会話しているというより、独り言を言っているような気分になる。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。はじめまして、私はレイ・アーデル。この国の第一王位継承者だ。君は?」
「私は、セティ・デルノ……って、貴方、今……は、初めましてって言った!?」
あんまり王子が自然に言うから、思わず会話を続けてしまいそうになる。だが私の驚きの追求にも、彼は笑う。
「あぁ、言ったけど、それが何か?」
「な…『何かもクソもあるか』
と言いかけておもわず口を噤む。ふさいだ唇の代わりに、おもわず握りこぶしが震えた。
「た、たしか王子はあの舞踏会の夜の姫をお探しだと聞いたのですが」
なけなしの理性で唇を引きつらせた笑みを浮かべて私は言う。あんまりに慣れない事をするもんだから、声まで裏返って仕方ない。
「あぁ、そうだが?」
王子はニコニコとしたままで頷く。どうやら、その事には気付いてくれているらしい。
「わたし、違いますよね?」
「あぁ、違う」
「じゃあ……」
「でも結婚はする。相手は君だ」

あー、どうしてこうも会話が繋がらないんだろう!
思わず笑いながら泣いてしまいたくなる。

「何で」
そろそろ、やばい。私の声に次第に怒気が混じる。この会話もそうだけれど、何より癪に障るのが
「国中に告知をしただろう。あの夜の娘が忘れたガラスの靴、アレにピッタリのものを迎えるとね」
そう、この王子のこの笑顔。
この国では王族しか持たない美しい黒髪と、使い古された言葉だが、陶器のような肌。形のいい唇、筋の通った鼻、そして何かを含んでいそうな深緑の瞳。そのどれもが完璧なほどに整っている顔立ちを成し上げている。そんな顔に始終笑われて、しかもその笑みがなんだかからかいを帯びているものだから、余計に腹が立つ。
「……で、君はあのガラスの靴にピッタリだった。……違うかい?」
「そうだけど、でも、私その娘じゃないっ。
っていうか、そもそも同じ足のサイズなんて国中に五万といるじゃないっ。靴がピッタリだった女を娶るなんて、馬鹿でもやらないわよ」
「じゃあ、ここにいる私は馬鹿なんだろう」

ぐあー!! 天然なのか狙ってんのか馬鹿にしてんのか訳がわからない。

「だーかーら、わたしはあの娘じゃないの。貴方の探している可愛い綺麗なお姫様じゃないの。だから結婚なんてしないのっ」
私は、ドロドロした権力争いだらけの王宮で暮らしたいだなんてこれぽっちも思わない。私が望んでいるのは、それなりの生活水準を保った穏やかでつつましい、至って健全な一般ピープルの生き方に過ぎない。

「結婚はする。相手は、さっきも言ったように君だ。君しかいない」

変わらない彼の主張に、怒りを通り越して呆れてしまう。
「なんなのよ、それっ。あなた人違いで結婚するの?」
私の問に、彼は諭すような落ち着いた声で答えた。
「あのガラスの靴を姫探しで履いたのはね、君が一番なんだ。そして、君以外の誰が履くこともなく、靴は割れてしまった。君は靴がピッタリだった。……靴もないのに、これ以上どうやって探せというんだい?」

う。靴を割っちゃった身としては、それを言われるとイタイ。

「それに、私としては別にあの娘を気に入っていたわけではないんだ。たまたま他よりも長く踊っていたら周りが騒いでね。まぁ、それに国王夫妻に愛はいらないから、それなりの人物なら誰でもよかったんだよ。というわけで、君ならなかなか退屈しないで済みそうだし、」

そこで言葉を切ると、それと同時にそれまでの穏やかな笑みが消えた。
そして、ゆっくり階段を降りて私の手の甲に口付けを落とすと、彼は目を細めて瞳に意地の悪い光を宿し口端を吊り上げる。

「結婚しよう。……もちろん、君に拒否権はない。これは命令だ」

彼の本性が、垣間見えた瞬間だった。

――さらば私のつつましい生活。



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